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わたしが天才を見つけたとき。新海誠と奈須きのこがまだ若々しい「苗木」だった時代のことを語ろう。

海燕
偏愛・脳汁を語るサイト「ヲトナ基地」では、多数の「愛しすぎておかしくなるほどの記事」をご紹介してまいります。ヲトナ基地で今回紹介する記事は「わたしが天才を見つけたとき。新海誠と奈須きのこがまだ若々しい『苗木』だった時代のことを語ろう。」。海燕さんが書かれたこの記事では、アニメーションへの偏愛を語っていただきました!

「お前さんたちは大樹の苗木を見て、それが高くないと笑う愚を犯しているかもしれんのだぞ」。

田中芳樹著『銀河英雄伝説』において歴戦の名将アレクサンドル・ビュコックが、若くして功績を立てた後輩の〈魔術師〉ヤン・ウェンリーを軽く見る同僚たちに対して述べた警句である。

わたしは新しく出てきた特異な才能がその欠点を批判されているところを見ると、しばしばこの言葉を思い出す。

すでに堂々と育ち切った大樹を見ればだれもがその威容を認める。しかし、それが苗木のうちからいつか大樹に育つことを見抜くことは容易ではない。生え出たばかりの苗木を見てその低さを笑う愚は避けたいものだ。

とはいえ、ときにはわたしのような節穴から見ても露骨に将来性抜群に思える才能もあるもので、わたしも出てきたばかりの作家を一見して「いつか大物になるぞ」と直感し、舌なめずりして周囲に吹聴してまわることがある。

今回は、そういった異数の才能たちのなかでもわたしの想像を遥かに超えた大樹に育ったふたりの天才が、まだちいさな苗木に過ぎなかった頃のことを話したい。

新海誠と短編アニメーション『ほしのこえ』の感動

いまから20年以上前の2000年初頭、わたしはある二本の苗に出会い、その、未熟でありながら想像を絶する大器を示した作品に、まさに圧倒されたのだった。

その一本は名を新海誠、いま一本は奈須きのこという。

おそらくいま、この記事を読まれている方はかれらの名前をご存知のことだろう。

新海誠は『君の名は。』、『天気の子』、『すずめの戸締まり』と立て続けにスーパーヒットを生み出した日本を代表するアニメーション映画監督、奈須きのこは世界累計収益一兆円を超えたモンスターコンテンツ『Fate/Grand Order』を統括する辣腕シナリオライターである。

ふたりともまさに現代日本でも最高の創造的才能といっても過言ではない。人を魅了してやまない、百万にひとつのダイヤモンドの輝き。

だが、そのかれらにすら苗木の時代はあった。わたしが新海誠の名前を知ったのは、ある掲示板(当時はLINEもTwitterも存在せず、掲示板で情報交換していたのだ!)でかれの公式サイトに掲載された動画を教えられたときのことだった。

そのうちの一本は短編『彼女と彼女の猫』の一部で、もう一本はのちに一部のアニメファンの間で大きな話題となる『ほしのこえ』の予告編だったと記憶している。

わたしはそれらの映像をひと目見て、あっというまに魅了された。

そのとき受けた衝撃を、どう形容したら良いだろう。

あるいは、現在の新海の洗練されたアニメーションに慣れた人たちの目には、これらの作品は未完成のものに見えるかもしれない。

じっさい、近年のかれの円熟した仕事と比べれば、『彼女と彼女の猫』にせよ、『ほしのこえ』にせよ、作画といい演出といい、粗削りな一面もあることは否めない。

しかし、そこには紛れもなく「異常に傑出した才能」の、「特異なほど個性的な作家性」の、その凄絶な片鱗が見て取れた。

いまのようにネットに膨大な動画があふれている時代のことではない。わたしはその合わせてもわずか数分の動画をくり返しくり返し夢中になって視聴し、そして、下北沢で単館上映された『ほしのこえ』を観に行った。

ぶっ飛んだ。

そこには、一般的な商業アニメーションとはまた異なる、まさに若くはつらつとした才能だけが生み出せる「ひとつの世界」が広がっていたのである。

たしかに作画の完成度は高くない。無理があるところは随所にある。だが、それでもいままでまったく見たことがないアニメーションにほかならなかった。

『ほしのこえ』の内容についてはすでにさまざまに語り尽くされているからあえてここでくり返すことはしない。わたしがいいたいのは、それが当時、見る者にどれほどの衝撃と感動をもたらしたのかということだ。

そこにはいまや世界をも魅了するに至った新海誠の映像的才能が、いかにもぎこちない形ではあったが、たしかに見て取れた。

その頃、大学生だったわたしは心のなかで感動を反芻しながら幾たびとなく思った。こいつはすごいぞ。

その後の新海の活躍についてもまたいまさら書く必要はないだろう。あのとき、わたしが見つけだした(と一方的に思い込んだ)才能は紛れもなく本物だった。

それからもかれは『秒速5センチメートル』、『言の葉の庭』など優れた作品を発表ししつづけ、そして『君の名は。』においてついに歴史的な大ヒットを飛ばして日本中に認知される。

一部のアニメファンのあいだでだけ知られていた苗木は堂々たる大樹へと育ったのだ。素晴らしい。じつに素晴らしい。

奈須きのこと大長編伝奇ノベル『月姫』の衝撃

一方、わたしが奈須きのこの名に触れたのは、やはりネットで『月姫』という同人ゲームの話題を見たことがキッカケだった。

その情報によると、『月姫』には五つのルートがあり、総シナリオ枚数はじつに5000枚に達するという。

わたしはその伝奇的な世界観や、「直死の魔眼」、「反転衝動」といったセンスあふれる造語に惹かれた。

だが、何よりわたしを魅了したのは、のちに伝説的に語られることとなるその秀抜なキャッチコピーだった。

「私を殺した責任、とってもらうからね」

本編中、純白の吸血姫アルクェイド・ブリュンスタッドが口にするこのセリフは、強烈な引力でその頃のわたしを惹きつけたのである(正確には本編では「わたしを殺した責任、ちゃんと取ってもらうんだから」、だが『月姫』のカバー裏にはこのように書かれている)。

シンプルでありながら謎と矛盾に満ち、凄絶なサスペンスとファンタジーを感じさせるひと言――そこには、奈須きのこという尋常ではない才能の最初のひとかけらが、これ以上ないほど明確に確認できた。

そして、わたしは秋葉原のパソコンゲームショップまで赴いて『月姫』を入手し、夢中になってプレイした。

当時わずか2500円だったそのゲームの内容は、いまから見れば、その後の奈須きのこが書くもののように洗練されているとはいいがたいことだろう。

しかし、それでも、圧倒的に新鮮で、独創的で、何より面白かった。

森羅万象、この世のすべての物体に宿る〈死〉を視ることができる魔性の眼、自ら自身の吸血衝動を抑えつけることでしか生きていけない吸血鬼、反転衝動と呼ばれる呪われた属性を抱えた大富豪の一族、長い物語の最初と最後にしか出て来ないなぞめいた魔法使い。

いずれの設定も、いま考えてみても凄まじいまでにずば抜けたオリジナリティを示している。

それは他のだれとも似ていない奈須きのこの広大無辺なオリジナル・ワールド、その蠱惑的な一部であったのだ。

何より、遠野志貴、アルクェイド、シエル、遠野秋葉、翡翠、琥珀といったキャラクターたちはきわめて魅力的で、すぐにかれらのことを大好きになった。

わたしはその物語を読みふけり、ときに笑い、ときに涙し、すぐにラストシーンまでたどり着いた。傑作だ、と思った。歴史的な傑作がここにある!

奈須きのこを擁する同人サークルTYPE-MOONは、この『月姫』で一躍有名になり、その数年後、『Fate』シリーズの端緒『Fate/stay night』を発表して記録的なセールスを達成する。

さらに『Fate』は、のちに『魔法少女まどか☆マギカ』などで知られることとなる奈須きのこの盟友・虚淵玄によって『Fate/Zero』へと発展し、さらにそこから先もいくつものヒットを続けざまに出すことによって、ひとつの「宇宙」を形成するに至る。

この苗木もまた、わたしの想像をはるかに絶する大樹へと成長したわけである。

『ほしのこえ』と『月姫』の共通点は、2000年代初頭のその頃に、あるひとつの稀有な才能を核にしてきわめて少数で制作されたプロダクトだったということである。

『ほしのこえ』は異例にも新海がほぼ独力で完成させ、声優まで自分で務めたという作品だし、『月姫』は奈須きのこがシナリオ全文を書き、親友の竹内崇が(噂によると仕事をサボりながら!)すべてのグラフィックを担当した同人ゲームであるに過ぎない。

アニメーションにせよ、ビデオゲームにせよ、本来は制作に膨大な人手を要するものであるはずだが、これらの作品は考えがたいほど少ない人数によって創られたわけだ。

その頃、一般層にも広まりはじめていたパソコンとインターネットの進歩がその快挙を可能にした。

かれらはその後、より巨大な予算と利益をともなう数々のビッグコンテンツを生み出すこととなるわけだが、それでもその原点はここである。

あの若かりし日、わたしはネットでこれらの比類ない天才と出会った。そしてその燦然たる輝きに導かれて、いまもネットをうろつきまわり、新しい才能を見つけだそうと試みているのである。

すべての苗木が大樹に育つわけじゃない

──と、ここで終わっても良いのだが、上に書いたようなことを愚かな老害の他愛もない自慢話と感じられた方のために、最後に、わたしがある人に『ほしのこえ』を初めて見たときについて話したときのことを記しておこう。

そのとき、わたしはかれに、おそらくはかなり自慢げに語ったのだ。

何を隠そうわたしはその当時から新海誠の才能を見抜いていてですね、『ほしのこえ』も最初の上映から観に行ったんですよ、ええ、そのわずかな慧眼の観客のひとりがわたしというわけです、ふふん。

ところが、その人物はあたりまえのように、ああそうですかと答えたのだった。そのとき、わたしはその会場で司会をしていましたよ。

ぎゃふん。

これだから、人に自慢話をするものじゃない。すべてはいまから10年以上前、わたしがまだ若かった頃の、何もかもセピア色の思い出となってしまったむかし話、わたし自身が何者でもない一本の苗木だった時代のエピソードだ。

もっとも、この冴えない苗木はそれからまったく育つようすを示すことなくいまに至っているのだけれど。

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岩本ゆうり